2025年12月19日(金)研究会 議事録
第7回研究会
2025年12月19日 15:00‐18:00
於:京大吉田キャンパス本部構内「法経東館」地下 1 階 三井住友銀行ホール
登壇者:福井麻里子(京都大学 総合生存学館5年⼀貫博士課程2年・AALTO INTERNATIONAL 株式会社 CEO)
千葉恭平(日本風力開発株式会社 洋上開発部 部長)
田口侑季(日本風力開発株式会社洋上開発部 マネージャー)
第7回研究会では前半に、京都⼤学 総合⽣存学館で研究に取り組む福井麻里子氏より、⽇本の地域における洋上⾵⼒産業の形成に関する研究を中心に報告がなされた。後半には、日本風力開発株式会社の千葉恭平氏と田口侑季氏より、青森県中泊町における洋上風力発電事業の合意形成と地域活性化の取り組みについて報告がなされた。
日本の地域における洋上風力産業の形成
福井麻里子(京都大学 総合生存学館5年⼀貫博士課程2年・AALTO INTERNATIONAL 株式会社 CEO)
私は社会人大学院生として総合生存学館に在籍している。父親が技術研究者ということもあり、日本の技術が海外にあまり広まっていないことを課題として認知し、25歳の時に起業をした。京都には半導体や電子部品などの技術企業が多く、最近ではエネルギー関連の企業も増えてきているが、私はこれまでそのような企業の海外事業戦略や広報に取り組んできた。また、特にモビリティ分野・EV関係の業務でフランスとドイツを中心にヨーロッパに三年ほど滞在した。その際に、企業誘致や産業クラスターの強化に取り組むヨーロッパの地域経済開発組織にお声がけいただき、自分の会社に所属しながらそのような組織の業務にも携わった。2016年頃にバスク地方で海洋産業クラスターをつくるという話が持ち上がり、それが海という産業に興味を持つきっかけとなった。当時の日本では、産業戦略に地域レベルで取り組むということがまだあまりない時期であったため、ヨーロッパのクラスター強化に実務で関わることができ、非常に面白い仕事だと感じていた。しかし、コロナ禍の影響で資金が途絶えたことで、海洋産業クラスターから撤退することになり、私もその仕事から離れることになった。しかし、海は地域に面しているため、地域の人々の仕事を生み出すという希望を持ち続けていた。そのため、海に関わり、地域の人に仕事をつくる仕事をしたいと思っていた。
コロナ禍で日本に帰国し、ライフサイエンス分野やグリーンテック分野など、大阪府が万博に向けて重視する分野の企業誘致に関わる機会があった。また、今は京都を拠点としているが、シンガポールに1年、ドイツに半年、フランス約3年滞在した。そして、私のビジネスでは北欧との関係が強く、北欧企業の日本におけるビジネスに携わってきた。このように、私は様々な地域とかかわりを持って活動を続けてきた。
関心テーマは地域の成長産業であるが、技術と社会の接続にも関心がある。技術が完成してから社会に接続されるまでの時間的なギャップが非常にあるため、技術にかかわってきた人たちの研究・努力が報われるようなことをしたいと思い、これまで仕事に携わってきた。また、若い人たちが自分たちで仕事をつくったり、産業にかかわったりすることにも関心があり、アントレプレナーシップについて同志社大学理工学部の嘱託講師としても活動している。
一般的には、先行研究を確認し、これまで扱われていなかったところにアプローチをするのが基本である。しかし、私の場合は実務家であったということや海が好きということ、そして、地域産業に関わりたいということもあり、2016年頃から海に関する技術産業に注目してきた。最近では洋上風力に興味があり、バスクやノルウェーなど国外を含む様々な地域に足を運んでいる。今年は浮体式洋上風力発電の産業化や企業集積が確認できるノルウェーのベルゲンとハウゲスンにて、ノルウェー大使館によるアカデミックデリゲーションに参加した。ノルウェーでは洋上風力の研究がかなり進んでおり、地域や社会との接点から洋上風力産業を考察する研究も多くある。特にベルゲン大学にてこのような研究が積極的に進められている。また、私は洋上風力の技術や事業についての社会人向けの講座を有する長崎海洋アカデミーに参加した。洋上風力の研究をするにあたり、私は技術について学ぶ必要があったため、洋上風力関連技術の4講座に参加した。講座参加者は、事業者から派遣されている方が多かったが、研究者の方や保険関係など洋上風力にかかわる様々な人たちが参加していた。そして、地域の未来を考える際に、若者の視点で再エネを考えたいという思いがあり、北九州と秋田の学生向けワークショップに社会人学生として参加した。北九州のワークショップは、地域経済と洋上風力に関してどのような施策やアイディアがあれば、地域に貢献できる洋上風力が実現するのかを議論し、アイディアを発表するものだった。本日少しお話しするWIND COIN構想はこのワークショップの中で私が発案したものである。秋田では、外部の人にも秋田の再エネ産業を知ってもらうという趣旨の「あきたサステナビリティスクール」に参加した。こちらは履修プログラムとなっており、5か月間で70.5時間を修了した。このように、私は地域で起こっていることや地域の教育プログラム・人材育成の方向性を実感しながら、地域の研究に取り組むというスタンスを取ってきた。
海外において、洋上風力産業は石油・ガス産業から分岐・多様化してできたものだと位置づけられてきたが、日本にとっては新しい産業となる。さらに、それは国の政策だけでは動かず、賦存資源がある地域で開発が進む。また、地域でのサプライチェーンや産業化なども関係してくる。このようなことから、私は洋上風力産業の初期形成に大きな関心を抱くようになった。日本における洋上風力の展開は地域ごとに初期形成が異なるが、その違いは地域の産業基盤と初期段階での多様な主体の行為の積み重ねとして現れているのではないかとかねてから考えていた。このような観点から、地域ごとに多種多様な主体の方々の行為に着目し、洋上風力の初期形成を扱った研究があるかを確認した。
そこでまず、複数の分野で先行研究を確認した。トランジション研究(Multi Level Perspective/MLP)では、持続可能な産業や持続可能なエネルギー構造へ転換していくにあたって、どのようにそれを実現するかについてかなりマクロに捉えた研究がある。これは、持続可能な産業や持続可能なエネルギー構造への転換をこれまで起こっていることから分析する研究である。ここでは初期形成の段階について、ニッチの実験や取り組みが現れ、それが大きな流れにつながっていくということが言われている。しかし、具体的にそれがどのようにして起こるのかや、どんな主体が動いているのかをとらえるにはマクロすぎるため、私の研究には活用できないという懸念を抱いた。技術の観点では、欧州・北欧を中心に技術イノベーションシステム(TIS)の研究があり、技術が普及するにあたってどのような機能が必要なのかが研究されている。この分野では国・産業スケールでの分析が可能であるものの、だれがどのように動けば産業ができるのか、という問いに答えることは難しい。
産業形成研究では多様な分野の研究があるが、例えば、電気自動車の産業研究では、技術が生まれ、価格が下がり、政府の政策が実行されるというように、様々な物が絡まり合い、三回ほど失敗のフェーズがあり、四回目で成功するということが言われている。このような、大きな産業政策・制度というものが重要だと言われている。また、最近では、あるべき社会像に対し産業政策を展開するミッション指向型の分野についても研究がなされている。洋上風力の産業研究では、国ごとに研究がなされている。例えば、英国では国家主導型の産業形成について、デンマークでは国家が関わりつつもメーカーが中心となり、さまざまな主体が関わる産業経路の創出が研究されている。日本はどちらかというとデンマーク型に近いと思われるが、風車メーカーがないため独自の経路をたどると考えられる。このような社会科学の分野では、後にできた構造を分析することが可能であるが、私が取り組む初期形成については分析が難しい。
地域イノベーション・システム(RIS)の分野は長い研究蓄積を有しており、地域で産官学がどのように連携をし、イノベーションシステムをつくっていくのかや、そこでの学習環境やそれぞれの分野を越える人の役割などが研究されている。進化経済地理学については、日本ではまだなじみがないと思うが、英国や北欧、オランダなどで研究蓄積がある。この分野では地域や技術の観点から、現在の習慣や産業構造などによる経路依存にとらわれず、新たな経路を創造するという経路創造論の研究がなされている。この研究分野は、石油から再エネへの転換における新しい経路の必要性から生まれたものである。しかし、この分野でも初期形成段階での多様な主体の行為については重点が置かれておらず、基本的には技術者や企業の取り組みに重点が置かれている。
これらの先行研究からわかるように、地域における新しい産業の初期形成段階に着⽬し、地域内の多様な主体の⾏為がどのように相互作⽤し、集合的な産業形成プロセスとして編成されていくのかについては、⼗分に実証的に解明されていない。実務家的な視点になるかもしれないが、なぜ初期形成に注目するかというと、日本では洋上風力産業は萌芽期に当たり、多くの様々な地域が初期形成のあり方について答えを欲していると思われるためである。ある一つの地域が、答えになるかはわからないが一つの初期形成・発展のあり方を示すことで、後続の地域はそこから学ぶことができると考えられる。
先ほど少しお話しした経路創造論は私の研究にもかかわりがある。経路創造(Path Creation)は意思決定が「現在の最適」ではなく「過去に形成された経路」に縛られる経路依存(Path Dependence)の補完的な考えであり、アクターが主体的に既存の制約を乗り越え、新しい産業軌道や制度を意図的につくり出すプロセスだとされている。また、「意図的な逸脱(Mindful Deviation)」によって、未来を「選択し直す」能動的な⾏為だとされている。この意図的な逸脱とは、既存の経路依存、技術設計・制度・慣⾏から、注意深く・ 部分的に逸脱する⾏為であり、完全な断絶ではない。また、経路創造は単一の英雄的主体でなく、分散した行為主体(Distributed Agency)によってなされる。そして、経路依存は創発的プロセス(Emergent Process)であり、行為の積み重ねの結果として、事後的に可視化される。
私の研究のリサーチクエスチョンは「洋上⾵⼒産業形成において、地域の各主体は、どのような役割を担い、どのような動機で関与し、促進要因、阻害要因、これまでの成果を認識しているのか。」「地域における洋上⾵⼒産業は、地域の主体的⾏為によって、どのような制度、アクター、資源を動員し、形成されていくのか。」「地域の産業基盤の違いは、地域の初期形成プロセスにどのような違いをもたらすのか。」の三つである。
本日報告する研究の目的は「各主体観点での洋上⾵⼒産業の形成の動機、促進要因、阻害要因を把握」と「地域における洋上⾵⼒産業の初期経路創造の違いの把握(制度、資源、アクター)」であり、対象地域は秋田県と長崎県である。選定理由は、秋田県に関しては日本で初めて商用洋上風力発電が稼働した地域であり、制度形成、住民受容、企業参入、人材育成など、産業形成の初期段階に関わる多様な⾏為が早期から可視化されているためである。長崎県に関しては、浮体式洋上⾵⼒技術の実証・商業化を国内で先⾏して経験した地域であり、国の実証事業として実施された五島沖浮体式実証をはじめ、造船、海洋エンジニアリングを担ってきた歴史を有しているためである。また、この二つは産業形成や成り立ちの違いから比較することが可能である。
今年の7月から10月に現地に赴き、秋田県で10、長崎県で11の団体を対象に半構造化インタビュー調査を実施した。調査対象者の考えを聞くインタビュー調査のため、事実確認のために一次資料や二次資料を入手し、照らし合わせる作業をおこなった。調査対象については、先行研究でも産官学や支援組織というものが多かったため、これらを対象とした。また、日本においては新産業をつくるうえで人材育成が重要となるため、教育機関も対象とした。本研究は質的な事例研究であり、各主体の観点で調査内容を整理し、その際は制度、アクター、資源の観点で情報の整理をした。
まず、秋田県について縦軸を「秋田県クリーンエネルギー推進課」「秋田市産業振興部カーボンニュートラル産業推進室」「地域企業」「事業者」「金融機関」「教育機関」、横軸を「役割」「動機」「促進要因」「阻害要因」「成果」として調査結果を表にまとめた。秋田県では県行政が主導となっており、県は再エネ導入拡大や再エネ関連産業の育成・創出、関連産業人材育成に取り組んでいる。動機については多くの調査対象が人口減少への危機を挙げており、風を資源として経済・産業の振興に取り組んでいる。また、秋田は陸上風力も多くあるが、適地も限られていることから海へ移動しなければならないという考えも動機として挙げられた。秋田市については、最初から洋上風力産業に特化していたわけではなく、地域の再エネを工業団地に供給することで、再エネ100%の工業団地とし、企業誘致に取り組む動きにより、洋上風力に注目するようになった。促進要因として多く声が上がったのは、先行して導入された陸上風力の存在であり、これが洋上風力への抵抗感を軽減した。阻害要因としては国の目標設定と進捗のギャップが確認され、大きな要因として捉えられていた。また、日本の地域の共通の課題であるが、人口流出・人材不足も阻害要因として確認された。一方で、県や教育機関では再エネ産業における若い人材育成を目的に多様なプログラムを展開している。教育機関については、秋田では高専にインタビューを実施したが、近年、高専では国からの依頼もあり、洋上風力を含んだ再エネ教育の教材開発に取り組んでいる。秋田県での洋上風力産業の成果については、まだ大きな成果は見受けられない状況であった。一方で、事業者からは、1号機の建設フェーズと運営フェーズの間で県内発注の増加が見受けられたという報告があった。また、県からは港湾内案件運転開始時に約40人から50人の雇⽤の増加があったと報告があった。
次に、経路創造を時系列としてまとめるため、いつから産業形成が始まったのかをインタビュー調査で聞き取りをおこなった。洋上風力については、2019年の再エネ海域利用法がしばしば言及されるが、秋田県ではそれより前から産業形成の動きがあった。秋田県では2000年代前半から陸上風力の導入がなされていたが、地域企業と地域金融機関はより地域に貢献する陸上風力を目指し、2012年頃には地域による陸上風力へのファイナンスの仕組みが導入された。2013年には地域企業が風力発電について勉強する「秋田風作戦コンソーシアム」が組織され、県では「エネルギー導入検討会」、市では「洋上風力導入検討会」がそれぞれ組織された。それに続き2014年頃には秋田県を中心に大学教育機関や地域金融機関、地域企業など多様な主体を巻き込んだ「あきた洋上風力関連産業フォーラム」が組織され、他主体の連携が見受けられるようになった。そして、2016年には国による秋田能代港の公募があり、SPC(特別目的会社)が設立された。県は一貫して人材育成に力を入れており、2015年頃から人材育成プロジェクトチームを組織し、県内工業系高校向け出前講座や社会人向けプログラムに携わっている。2020年頃から実際に建設が開始され、地域金融機関や地域企業がSPCに資金を提供し、SPCからの地域企業に対する建設の発注もおこなわれるようになった。2022年に商用運転が開始され、それに伴って地域の教育機関が教育プログラムをつくり始めたり、高専での教材開発も始まったりと、多様な機関がそれぞれの立場で活動を始めた。秋田市は2022年に産業振興部部署を設立したほか、漁業者をはじめとした地域での合意形成に力を入れてきた。また、「秋田新エネルギービジョン」を策定し、工業団地や再エネ産業の振興に取り組んでいる。
秋⽥県の洋上⾵⼒産業の形成の特徴をまとめると、県・市・地域金融機関・教育機関・地域企業が、明確な産業基盤、技術的優位を持たない中で、人材育成・社会受容・ネットワーク形成を軸に、洋上⾵⼒産業の初期形成を「協働的に創発」させてきたと言える。また、このプロセスは、意図的逸脱と分散的主体による協働創発をもとにした産業形成の経路創造と位置づけられると言える。
長崎県については、秋田県と少し状況が異なっている。長崎県についても表にまとめ、横軸は秋田県と同様で、縦軸を「長崎県産業労働部新エネルギー推進室」「五島市未来創造課ゼロカーボンシティ推進班・⻄海市新産業推進」「地域企業(O&M)」「事業者2社」「長崎海洋産業クラスター形成推進協議会」「金融機関」「教育機関」としてまとめた。長崎県では民間主導の動きが見受けられ、クラスター形成推進協議会が中心的な役割を果たしているという意見を多く確認できた。県行政もビジネスマッチングを目的とした期間を有しており、県内産業の振興に力を入れている。長崎県は造船業において長い歴史を有しているが、この分野は韓国や中国での成長に伴い、衰退しており、その危機感から海洋産業を成長産業にしようという機運が生まれ、洋上風力に取り組む動機となった。促進要因としては、漁業者や市長の理解があったことが挙げられた。また、造船と海洋の技術基盤があったため、知識を有する人材が既に存在していたことも促進要因として挙げられた。阻害要因については、秋田とも共通するが国のエネルギー政策・制度の不安定さや人材不足が挙げられた。長崎県においても地域外への人材流出が顕在化しており、県内大学においても入学者は県外からくるものの、卒業後は県外へ流出している状態である。成果については、長崎は海域が2か所しかないため規模の拡大は難しい状況であるが、県外の人たちを巻き込みに成功している。例えば、海洋アカデミーの受講者数は1100名に達しており、五島市の有料の視察も220名に達している。海洋産業クラスターについても100社以上が所属し、情報交換がおこなわれている。また、長崎県が有しているデータによると洋上風力の業務に従事している人数は300名程度となっており、風車の基礎部分を担当し、実際に売り上げを挙げている地域企業も見受けられた。そして、洋上風力とは直接関係はないが、近年では宿泊や観光ツアーによる経済効果も確認された。
長崎県についても時系列を整理した。長崎県が秋田県と異なる点は、洋上風力ではなく潮流発電の検討から始まっている点である。しかし、浮体式洋上風力に注目が集まるようになり、2012年頃から戸田建設を中心に実証実験事業が開始された。2014年には県で海洋産業創造室が設置され、民間ベースでの海洋産業クラスター形成推進協議会も組織された。実証実験が終了した後は、五島市から浮体式洋上風力発電を残してほしいという要望があり、2016年に商用運転が開始された。このように長崎県では技術ベースから事業が立ち上がっており、地域に受け入れられてきたという経緯がある。なお、戸田建設の事業は構想後に再エネ海域利用法のスキームに適合させなければならない必要性が生まれ、立ち上げまで長引いたという経緯があり、五島市での8基の運転は2026年1月に運転開始予定となっている。また、現在は県内の次の事業地である西海市での事業者選定がおわった段階である。
長崎県における洋上⾵⼒産業の形成の特徴をまとめると、造船・海洋エンジニアリングという既存産業基盤を活かし、海域での実証と結びつきながら、技術実証を起点に人材・企業・制度を動員してきたと言える。また、カテゴリー化については今後の学術的なチャレンジとなるが、このプロセスは、技術資源への依拠を起点とする技術を基盤とした産業形成の経路創造と位置づけられると言える。
秋田県と長崎県を比較すると、それぞれの地域の各主体は、初期において異なる役割を果たしており、また、各地域の文脈において、多様な主体が動機の⼀部を共有していると言える。そして、両地域では、経路創造における「意図的逸脱」「分散的主体」が共通して確認され、地域単位での産業形成に向けた主体的⾏為がみられるが、初期形成の起点は、地域資源、産業基盤によって異なっていると言える。結果として、秋⽥県は協働主体を軸とした協働創発、長崎県は技術基盤を活⽤した新産業の形成という異なるプロセスとなっている。
最後に、今後の課題についてまとめる。現状では、質的事例研究にとどまっているため、北九州を含めて産業基盤の異なる地域比較を実施したいと考えている。また、今回の研究では地域の主体に着目してきたが、この点については正式名称はなく、理論化がまだなされていないため、既存研究に対し、地域の主体の集合的⾏為(Regional Agency)という分析視⾓の提案をしたいと考えている。そして、海外の先行地域に関しても地域の主体に注目した研究があまりないため、海外地域事例との比較にも取り組みたい。博士課程の後半においては、質的研究にとどまらず、⽇本の地域-国を統合した「産業形成の時間の 遅れ」に着⽬し、システムダイナミクスを⽤いて分析をしたいと考えている。
報告後は会場参加者より、地域住民をはじめとしたその他の利害関係者の考慮や国内研究者を含めたさらなる聞き取り調査対象の提案がなされた。また、現在報告者が取り組んでいる地域通貨の仕組みと風力産業の接続を目指すWIND COIN構想についても紹介がなされた。
地域と共に進める洋上風力~合意形成と地域活性化~
千葉恭平(日本風力開発株式会社 洋上開発部 部長)
田口侑季(日本風力開発株式会社洋上開発部 マネージャー)
千葉:昨今、さまざまなメディアで洋上風力発電について報じられているが、主にその内容は制度や価格についてである。本日私たちは事業の前提となる合意形成や地域共生について報告する。また、報告事例は進行途中のプロジェクトであり、プロジェクトにおいてうまくいったことや、うまくいかなかったこと、課題などを私たちの気づきとして報告する。
まず、合意形成についてであるが、前職が商社の私にとって合意形成はグリーンフィールドであり、手探りの状況であった。そのため合意形成に関する仮説の変化が生じた。最初は洋上風況観測塔の設置時であるが、この時は「事業者が説明し、地元に理解をいただく」ものだと考えていた。しかし、現在の洋上風力発電所の建設段階では「事業者と地域がそれぞれ主体的に取り組む」ものと考えるようになった。その前提となるのが、相互理解であり、事業者は地域を理解し、地域にも事業者を理解していただく必要があると考えている。本日はこの点を中心に報告する。
本日報告する中泊町は青森県北西部、津軽半島の中央に位置している。中泊町は農業の町である旧中里町と漁業の町である旧小泊町が合併して誕生した町であり、両地域は飛び地の関係となっている。隣接する五所川原市(旧金木村)は太宰治が生まれ育った地であり、一次産業だけでなく豊かな文化を有する地域となっている。町の課題については全国の地域と共通するが、人口減少と高齢化である。2023年には人口が1万人を下回り、2045年には4000人を下回る予測となっている。人口ピラミッドについても子供が少なく、高齢者が多いつぼ型となっている。また、農林水産業への依存も課題となっており、漁業と稲作を中心に、一次産業比率が全国平均の約6倍となっている。このような状況下で中泊町は「NAKAZERO共創アクション」に取り組んでおり、豊富な地域資源である風を活用し、エネルギー地産地消による水産業と農業の6次産業化を図り、人口減少に歯止めをかけようとしている。
私たちはこの中泊町で洋上風力事業に取り組んでいる。私たちが手掛ける小泊漁港洋上は再エネ海域利用法が定める一般海域のエリアではなく、漁港区域での計画である。そのため、一般的な洋上風力の規模は300MW ほどであるが、私たちの事業は100MWほどである。再エネ海域利用法の対象外のため、陸上風力と同様にFITの対象事業であり、私たちは2023年にFIT認定を取得し、29円/kWhで電気を売る権利を有している。このプロジェクトは2017年に利害関係者との対話や各種調査からスタートし、2018年には系統確保、2020年に洋上風況観測塔設置という流れで進んできた。
青森県は東京から700キロメートル離れており、プロジェクト開始当初は私たちと漁業者の方との心理的な距離も離れていた。そこで私たちは食事や調査の際に漁業関係者の方たちと一緒に過ごす時間を増やし、人として信用を得るように努めたが、これは事業に関するしっかりとした対話をするための重要なプロセスだったと認識している。また、洋上風力の音や振動が魚や地域住民に悪影響を及ぼすのではないかという懸念点を払拭するため、漁業関係者の方たちと当時日本では珍しい浮体式洋上風力の実証をおこなっていた長崎県の五島市を視察した。この視察では実際に船で風車の近くまで近づき、風車の音よりも波の音の方がはるかに大きいことを実感していただいた。また、風車の基礎の部分が漁礁になっており、魚が風車から逃げるのではなく、むしろ風車に集まっている現状を知っていただき、風力発電は漁業にとってもメリットがあるということを理解していただいた。この翌年に、本格的な風力発電事業の前段階となる洋上風力観測塔の説明会を実施し、満場一致で決議を取得した。洋上風力観測塔は海底面から約60メートルの高さであり、水中の約20メートルの部分は洋上風力の風車と全く同じ構造となっている。また、モノパイルの構造となっているため洗堀されず、周りには捨て石が置かれている。風況観測塔の目的は2つあり、1つは風を測ることであり、2つ目は海中に構造物ができることによる漁業への影響の調査である。設置時には、設置場所から一キロ離れた漁礁で水中スピーカーとビデオで水中の様子を録音・録画し、設置時のハンマーの音が漁師の方たちが大切にしているメバルなどの魚に悪影響を及ぼさないことを示した。また、設置から一年後には観測塔と捨て石が漁礁となっていることを示し、漁業関係者の方たちに洋上風車設置の理解を深めていただくことが可能となった。
しかし、この段階では失敗も経験した。事業を実施する海域の小泊、下前、十三の漁協からは総会決議で事業に対して納得していただいたが、観測塔を建てた付近では周辺地域の竜飛と三厩の漁協の方たちがマグロの一本釣りをおこなっていた。共同漁業権の海域のなかでも他の漁協の方たちが漁をすることは可能であり、一本釣り漁は漁業権にかかわらず日本全国どこでも可能である。私たちは周辺地域の方たちが事業地で漁をしているという事実を認識しておらず、その方たちに十分な説明をせずに観測塔を建ててしまい、この点に関しては多くのご意見をいただいた。洋上風力に取り組む際には、机上の調査だけでなく、漁業について勉強し、地域に耳を傾け、実態を正確に把握する必要性があると強く実感した。
観測塔設置に続き、2022年には小泊漁港洋上風力の推進について地先漁協総会の決議を取得し、2023年にはFIT認定を取得した。また、2024年には漁協主体で秋田の着床式風力発電の先進地視察が実施された他、SPC「ミラスタイル」への中泊町による出資がおこなわれた。ミラスタイルという名前は中学生の社名募集コンテストで選出されたものであり、洋上風力の建設により生まれる未来に期待する思いに由来している。
以前の法律では地先漁協の同意があれば風車の設置は基本的に可能だったが、近年では国や県からガイドラインが出ており、建設に当たっては協議会を組成し、周辺の漁協や行政を含めて十分な合意形成がなされなければならない。そのため、私たちも現在は協議会の組成に注力している。2025年には役割を終えた観測塔の撤去をおこなったが、設置時の反省点を踏まえて、事業地周辺で漁をおこなっている広範な漁業者の方たちに工事について説明し、実際に工事の様子も見ていただいた。撤去方法については、海底に20メートル刺さった杭を抜くのは現実的ではないため、海底面から1メートル上の部分を残し、切断をした。最終的には海洋への廃棄となるため、環境省の許可を得て廃棄の手続きをおこなうが、許可が下りれば、海底面から1メートルを掘り下げて埋め戻すという方法を検討している。日本の中でも洋上風車を立てる事例は少しずつ出てきているが、海上構造物を除去する事例はほとんどないため、私たちは漁業者の方や国を含めた行政の方と議論をしながら取り組んでいる。なお、水中での杭の溶断による騒音については説明会にて懸念点として挙げられていたため、工事実施半年前に青森港の中で鉄の溶断のデモンストレーションをおこない、漁業者の方たちに鉄を切る音よりもダイバーの呼吸音のほうが大きいということを理解いただいた。
プロジェクト開始当初は、私たち事業者が地域に対し一方的に説明していただけであったが、対話を繰り返し、関係性を深めていくことで行政や漁協もプレイヤーへと変化していったと感じている。次に、話題を少し変え、地域へのメリット、地域との共生について報告する。
田口:私からは、中泊さかなプロダクツ協議会の取り組みについて報告する。2022年の8月に中泊町の水産課題を解決することを目的に、中泊町・小泊漁協・日本風力開発の3者で水産連携協定を締結し、その翌月にこの協議会は設立された。資金については日本風力開発の出資に加え、農水省の農山漁村振興交付金(1000万円×3年)の採択で得られた資金を活用している。協議会のロゴはジャンヌ・ダルクをモチーフにしており、中泊町の水産業を取り巻くしがらみを断ち、課題を切り開いていくという思いが込められている。
業務については、小泊漁協にすでにあった加工業務と採算性の問題で漁協が手放そうとしていたマツカワガレイの陸上養殖業務を承継する形で始まった。活動拠点は加工所と事務所を兼ね備えた建物に加え、それとは別の場所でおこなっているマツカワガレイの養殖場である。商品については、加工品のほかに鮮魚も取り扱っている。
事業収支については現在はまだ厳しい状況ではあるが、毎年少しずつ売り上げを伸ばしている状況である。一見すると事業は計画通りに進んでいるが、実際の現場では衛生管理や食品管理などで課題が多く見受けられた。しかし、東京の水産会社に相談したところ、業務委託契約を通じて技術指導を引き受けていただけることになり、現場でハンズオンで指導を実施していただいた。その結果、従業員の中でもプロとしての意識が生まれ、衛生管理や食品管理は劇的に向上した。
中泊さかなプロダクツ協議会の現場では重要な気づきを得ることができた。最初は地域の人と親交を深めることから始め、その当初はうまくいっていた。しかし、協議会は将来的に自立自走する組織にするという目標があったため、私たち事業者はそれに執着するようになり、私たちと中泊町行政、従業員である漁協婦人部の方たちの間で温度差が生まれてしまった。また、私たちが出資していることもあり、「事業者が何とかしてくれる」という雰囲気を作り出してしまっていたのが大きな間違いだったと後から気が付いた。3者の主体それぞれが魚の商売をいかに自分事として捉えられるかということ、そしてそのように考えられる環境をつくるということがいかに重要であるかということに気づくことができた。
千葉:中泊町でのプロジェクトは風車建設のための協議会を設立することを目下の課題として捉えている。この地域はもともとは再エネは盛んではなかったが、陸上・洋上風力やさかなプロダクツの取り組み等により地域に様々な変化が生まれており、事業者だけでなく地域の人たちがプレイヤーへと変化している。さかなプロダクツの取り組みが示すように、事業者だけが突っ走るのではなく、地域の人たちも同じように取り組まなければ、本当の成功とは言えない。この点は風力発電事業にも当てはまり、事業で悩んでいる際にいつもお世話になっている五島ふくえ漁協前組合長の熊川長吉氏からも同様のご助言をいただき、それぞれの主体が当事者として事業に取り組む必要性を強く実感した。
つい一か月前に、中泊町(副町長、総合戦略課長、水産商工観光課長)、小泊漁業協同組合(代表理事組長、参事)、日本風力開発(洋上風力部長、部員(漁業共生・地域戦略)、中泊リージョナルパワー(マネージャー)を構成員とする「ステアリングコミッティー」を組織した。この組織の目的は「目指すビジョンの共有」「相互理解」「情報共有」だが特に情報共有を徹底し、それぞれの立場で一体となってアクションを起こすことに取り組んでいる。
洋上風力は採算性の問題をはじめとして課題が山積みの産業である。このような状況下では様々な意見を受けるのが現状であり、「イノベーションのジレンマ」を感じている。新しいことをしようとすると、それはそもそも既存の価値観からすると非合理なことであるため、様々なジレンマが生まれる。逆風が吹くこともあるが、国は洋上風力への取り組みの必要性を明言している。今後、事業を進めていくためには社内や地域での団結が最も重要になると感じている。
報告では、風況観測塔建設・撤去の映像や中泊さかなプロダクツ協議会の紹介映像も用いられた。また、報告後には、事業者の視点から行政に求める合意形成に関する制度・ルール作りや主体間における合意形成の難しさ、合意形成の成功要因などについて質疑応答・議論がなされた。
