2025年 8月29日(金)研究会 議事録
第4回研究会
2025年8月29日 15:00‐18:00
於:京大吉田キャンパス本部構内「法経東館」地下 1 階 三井住友銀行ホール
登壇者:槙裕一(山形県 県土整備部管理課長)
伊原光臣(山形県漁業協同組合)
コメント:山東晃大(公益財団法人自然エネルギー財団)
「遊佐町沖洋上風力について」
山形県 県土整備部管理課長 槙裕一氏
以前、エネルギー政策推進課長として、遊佐町沖洋上風力発電の促進区域指定や事業者選定に関わっていた。その経験から、再生可能エネルギーの導入において最も重要なのは「地域との合意形成」であると考えている。これは行政だけで完結するものではなく、学術的な視点も取り入れて、より良い仕組みを模索することが必要と考えている。
まず、山形県の特徴的な取り組みを二つ紹介する。一つ目は「地域新電力・山形新電力株式会社」である。東日本大震災を契機に、エネルギーを自律的にコントロールできるよう、地産地消を目指して設立した。県および県内企業が出資し、現在は黒字経営を維持している。また、売電収益の一部を「樹氷復活・育成応援基金」として地域還元に充てており、地元の環境保全にも寄与している。
二つ目は、再生可能エネルギーと地域の調和に関する条例(山形県再生可能エネルギーと地域の自然環境、歴史・文化的環境等との調和に関する条例)である。全国でも先駆けとなる合意形成の手続き条例として、地域住民の理解と納得を得ることを前提に、再エネ事業を進める仕組みを定めた。
山形県では、このように地域との共生を重視し、特に洋上風力発電においても地域の合意を最重要課題として位置づけている。
そして、本日は、遊佐町沖洋上風力発電事業の概要および地元の合意形成の経過について紹介する。遊佐町は日本海に面し、秋田県と隣接する山形県の北端に位置する。鳥海山を背景に、豊かな自然環境と清らかな水資源を有し、湧水の里としても知られる。内水面漁業も盛んで、鮭の遡上などが見られる。洋上風力発電における「漁業との共生」は重要な要素とするなかで、山形県では海面のみならず内水面漁業も含む点が特徴と言える。
報告後は英国やヨーロッパの再エネ導入に関して質問がなされたほか、なぜCCCのような忖度のない報告が可能なのかや、近年リフォームUKが議席数を伸ばしていることなどについてディスカッションがなされた。
また、遊佐町は県内でも早くから再エネ導入に積極的であり、陸上風力やメガソーラーも展開している。開発量は県内トップクラスであり、こうした経験から地域の理解や基盤が整っていたことが、今回の洋上風力推進においても大きな支えとなった。
全国の状況を踏まえると、秋田県での事例が注目を集める中、遊佐町は第3ラウンドで令和5年10月3日に促進区域の指定を受け、令和6年12月24日に事業者が選定された。事業者は丸紅・関西電力を中心とする合同で事業者が決まった。一方、酒田市沖も有望区域として令和5年10月3日に選定を受けている。いずれも基地港湾として酒田港を利用する計画である。2030年の運転開始に向けて、港湾整備は2028年4月の利用開始を目指して進めており、現在、県土整備部が主体となって整備を進めている。
酒田市では、合意形成の過程においては、部会を作り、地域住民説明会や漁業者との意見交換会を繰り返し実施してきた。賛否両論ある中で、丁寧な対話を重ねることを重視している。船舶や航空との調整もあり、それに時間をかけている状況。
遊佐町では、直接会うことを重視しながら、これまで30回を超える説明会を実施し、各コミュニティ単位で意見を集約した。住民の懸念や不安に対しても真摯に対応した。また、地域住民に視覚的な理解を促すため、役場の負担で、洋上風力設備のフォトモンタージュを作成し、見え方の検証・説明を行った。このような自主的取り組みが町民の理解促進に大きく寄与したと思う。山形県の全体会議のほかに、遊佐部会も設け、地域住民も含めた具体的な議論を行える重層的な構造としている。
その結果、第一に、法定協議会では、景観・低周波音・漁業影響など、住民から寄せられた懸念を正式な留意事項として明記し、事業者に対して対応を求める形で意見を取りまとめることができた。第二に、地域将来像について別冊をとりまとめ、洋上風力を単なる発電事業ではなく「地域づくりの契機」として位置づけられた。この点は、全国初の試みであり、高く評価されている。第三に、漁業影響調査についても、別冊として取りまとめることができた。
また、公募について、県としては、事業者選定の際に、地域の思いを重視した独自評価基準を設定した。国の評価枠組みでは漁業・地域振興を一括評価していたが、山形県ではそれを分離し、各10点ずつを独立評価する方式とした。さらに、地域に長期的に関わり責任を持つ事業者を高く評価する基準も設けた。この点については、事業者から多くの質問があった。結果として、丸紅・関西電力らが、人口減少などの問題もあるなかで、地域に長く関わる形での提案が、高い評価を得て選定された。
加えて、遊佐町では、地元商工会や金融機関と連携し、遊佐町沖洋上風力産業振興プラットフォームの立ち上げなども行えた。現在150社以上が加盟し、観光・建設・人材育成などの部会活動を展開している。地域が受け身ではなく、主体的に洋上風力を地域産業振興に結びつける取り組みである。
また、遊佐町の漁業についての考え方についても特徴を述べておく。「協調策」「振興策」を二段構えで考える方式を採用した。マイナスの影響をゼロに戻すのが協調策、ゼロからプラスに転じるのが振興策である。この考え方に基づき、漁業の持続可能性を追求している。
合意形成は今後も継続が必要であり、事業者・行政・住民が対話を重ねながら信頼を築いていくことが求められる。反対意見を含めた多様な声にも向き合い、科学的根拠と説明責任を果たし、改善すべきは改善していく姿勢が重要と考えている。そして、今後もこの議論のプロセスを進化させていくべきであると考える。
伊原光臣氏(山形県漁業協同組合)のご講演
地元で生まれ育ち、71歳になる。高校卒業後、製造業に勤め、早期退職して漁業を始めた。もともと漁業を志していたため、転身は自然な流れであった。平成20年に漁協役員を務めるよう依頼され、地域漁業の課題に関わるようになった。
平成26年(2014年)には、新潟県岩船沖での洋上風力計画の話を聞いた。山形県でもどうかという話もあり、漁業者の間では「漁ができなくなるのではないか」という不安が強く、当時は反対の立場を取った。その後、平成29年(2017年)にも名古屋大学の教授から再び洋上風力に関する話を受けた。その際は、「将来必ず洋上風力は進む。だからこそ、今のうちに現状把握をしっかりして、漁業者が混乱しないように準備すべきだ。」という提案があった。私はその考えに賛同し、協力を決めた。6月から月1回のヒアリングを行いながら、山形県の漁業・漁協の歴史や合併の経緯、共同漁業権の状況、ローカルルール、漁業者数や操業実態などを詳細に調査し、12月にまとめ上げた。この調査を通じて、行政にも漁業の実態を理解してもらえたと感じている。何を進めるにも、現状把握が最も重要であると改めて認識した。
その後、令和2年(2020年)には、遊佐町沖での洋上風力の想定海域が示された。その想定海域で、事業者による地盤調査や音波探査等が実施され、3か月にわたり調査が行われた。必要な調査船や警戒船等は漁船で運行した。遊佐町の漁業者は全員が調査に協力したため、漁業補償は発生しなかった。
また、他地域では傭船料を巡る問題が多く発生しており、実態の伴わない高額な傭船料が支払われるなどの事例も見られた。しかし、遊佐町では、漁協が中心となり、適正に処理したため問題はなかった。漁業補償よりも傭船料が高額だったため、結果的にそちらの方が良かったという声もあったが、いずれにしても法外な金銭を求めるようなことは慎むべきであると感じた。
次に、漁業影響度について述べる。再生可能エネルギー発電事業の実施によって、漁業に支障を及ぼさないことが見込まれるという法文について、私はこれを「漁業に悪影響が起こる心配がないと予測できる状態」と理解している。実際に漁業への影響を事前に予測することは極めて難しく、多岐にわたる。風車設置によって漁場に物理的な影響が生じることは明らかである。一方、回遊魚などの動向については原因が複雑であり、予測は困難である。さらに、漁船航路の制限や海流の変化など、さまざまな影響も想定される。漁業影響調査は非常に重要であるが、このように困難であると感じている。
経済効果についても触れる。報道によれば、洋上風力発電は火力発電など他のベースロード電源と比較して経済効果を見込みにくいとされている。また、過剰な期待が寄せられている面もある。人口減少が進む遊佐町では財政規模が小さく、事業への取り組みが難しい。こうした中で、地域活性化につながる施策の重要性が一層増している。
私は経済効果を生み出すため、自ら法人を立ち上げた。調査船の業務を通じて、漁業者にもできる新しい仕事があることを実感した。最初の調査では約350隻分の傭船料が発生した。近年の調査では規模がさらに拡大し、延べ750隻程度が関わったと思われる。金額にして数千万円から1億円規模の効果があったと考えられる。
漁業者は海域や気象条件を最もよく知る立場にあり、これから始まる施工やメンテナンス事業にどう関わるかを考える必要がある。将来、振興策が軌道に乗れば、資源保護や新たな収益につながると考えられるが、それまでの期間が厳しいのが現実である。漁業振興策が機能するまでの間にも、現状の収入減少に対応する手立てを講じなければならない。
振興策の実効性を高めるためには、漁業以外の収入源をどのように作るかが課題である。漁業と協力事業を両立させる多角経営も有効だと思うが、それは各漁業者の判断に委ねるべきである。
地域によって漁業の実情は異なるため、地域事情に即した構築が必要である。現状を正確に把握し、漁業者の意見を集約しながら進めることが重要である。漁業をやめて風力関連へ転換すれば、将来の再開は困難であるため、両立を図るべきであると考える。協調策・振興策と基金の問題については、基金の設定は、地域に合った方法を検討すべきである。また、槙氏の発表にもあった「スマート漁業」は、情報技術や衛生管理の徹底により、商品の付加価値を高める取り組みであり、有効な協調策の一つであると考えている。また、養殖や環境保全、新しい漁法の開発など、新たな挑戦も重要である。そして、こうした取り組みは、事業者と漁業者が対等な立場でビジネスを行うことが大切である。
千葉県銚子の事例では、漁協が法人を設立しているが、施工メンテナンス事業と環境保全事業を別個の法人として運営している。遊佐町でも同様に、地域に合った形で法人を設立・機能させるべきであると考えている。
新しいことを始めるには課題がつきものであるが、一つひとつ乗り越えていきたい。漁業者自らが主体的に取り組む姿勢が求められる。10年前の現状把握から始まった一連の取り組みの中で、漁業者は多くの負担を背負ってきた。事業者は給与を得て参加しているが、漁業者は無報酬協力の負担も大きい。漁の休みの日は、本来は、体を休める日でもある。それでも地域のために協力を続けている。今後も自らの手で地域の未来を作り出す姿勢を持ち続けたいと考えている。
地域/漁業と洋上風力の共生 コメント
公益財団法人自然エネルギー財団 山東晃大氏
洋上風力発電は、風況と水深によっておおよそ設置可能な場所が把握できる。水深200mまで、風速7.5m/s以上を条件とし、その他の条件を考慮せず機械的に抽出したポテンシャルマップは、洋上風力の可能性が広範であることを示している。
近年は報道でも注目を集めている通り、コストなどの課題もあるが、洋上風力発電では特に合意形成が不可欠である。再エネ海域利用法においても「漁業に支障を及ぼさないこと」が前提とされており、漁業者など関係者との調整が不可欠である。すなわち、漁業者が同意しなければ事業が進まない構造になっている。
日本の漁業制度は複雑である。沿岸には漁業権が設定され、その外側には県の知事許可漁業、さらに沖合には国の大臣許可漁業がある。多層的な制度の中で調整を行うことは非常に困難であり、この「交通整理」こそが、今後の重要な政策課題だと考えている。現在は、海での選定プロセスを整理し、政策提言を準備しているところである。
洋上風力発電の区域は、準備区域・有望区域・促進区域などを含めて約35区域が指定されている。なかなか準備区域には指定されず、指定された場合も、そのうえで漁業者等の同意・承認を段階的に得ながら進める必要がある。
遊佐町の取り組みは、他地域と比べても先進的である。多くの地域では、主導的に動く主体の不在やインセンティブの不明確さが課題となっている。行政側から見ると、洋上風力発電の検討は非常に負担が大きく、景観問題や部局間の分断(水産部局とエネルギー部局など)も生じやすい。そのため、なかなか前に進めない県も存在する。
また、生態系や水産資源への影響評価に関しても知見が不足している。地域レベルの調査は可能であるが、回遊魚など広域的な影響を評価するには国レベルの対応が不可欠である。これは一地域では対応できない課題である。
さらに、合意形成のプロセス自体も複雑である。遊佐町のように、誰かがイニシアチブをとり、勉強会・検討会・部会を設置し、情報を整理・管理して進める体制を構築している地域は稀である。多くの地域では体制構築が進まず、結果として協議会が開催できないなどの問題が生じている。
山形県・遊佐町の取り組みから得られる示唆として、特に大きいものが二つある。一つは、早期の着手と準備である。2018年から勉強会・検討会を開始し、関係者間の理解を醸成した。法定協議会に入る前に十分な準備を行ったことが大きな要因である。
二つ目は、協議会で地域の考えを見える化したことである。懸念事項や将来像、さらに影響調査の考え方等も文書化したことは、入札する事業者の予見性を高めることにも繋がっている。こうした取り組みは、現在他県でも取り入れられている。
洋上風力発電は、地域の方々にとって、エネルギー政策のためだけでなく、これからの地域や海のありかたを考えるきかっけにもなりうる取り組みである。
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フロアからも活発な質疑があり、地域側の評価においてはコストだけでなく、地域経済への影響もより重視すべきとの意見があった。その他にも、合意形成のプロセスはまだ発展途上にあるとの指摘があり、単に実例を重ねるだけでなく、科学的な背景をしっかりと踏まえた合意形成の仕組みを構築してほしいとの要望があった。さらに、影響を検討すべき規模感についても、より大きな視点で捉えるべきとの意見なども出された。
